生命論第6回 3D03

今回は外部から先生に来ていただき、「生をめぐる先端科学の進展と倫理問題」と題した講義を行なって頂きました。土曜日とあわせ2回講義していただく予定です。

近年の生殖関連技術の進歩は著しく、これまで想定されていなかった様々は技術が実現可能となり、法律が全く追いついていないのが現状です。

今日のテーマは、生殖補助医療分野。
現在、生殖補助医療では不妊対策として不妊治療の他に人工授精や体外受精胚移植代理出産が実用化されています。
これらについて、詳しく見ていきたいと思います。


不妊治療について


日本の医療界では、不妊状態かどうかの診断は「通常の夫婦生活を営むカップルが、子供が欲しいと希望してから2年経っているにも関わらず、子供が出来ない状態」を判断の目安とされているそうです。
不妊治療に訪れるカップルの数は年々増加傾向にある、と言われたりしますが、患者数の増減を記録した統計データが無いため正確にどれほど増えているのかは分からないようです。
昔は不妊の原因は女性にある、と決めつけられることも多かったようですが、男性側に原因があることも少なくないようで、不妊の原因となるのは男性と女性が半々程である、とも言われるそうです。


人工授精について

現在は一般的になってきた不妊対策の手法ですが、具体的にはいくつかの方法があるそうです。
卵子精子を共に配偶者のものを使う場合
男性の精液内に含まれる精子量が少なかったり、運動性に問題のある場合に行われる手法です。
この時、事前に男性から採取した精液を冷凍保存・精子を抽出し母体に注入することで妊娠の可能性を上げることを図ります。
卵子または精子を配偶者以外のものを使う場合
男性が無精子症であった場合などの場合にこの手法が使われます。
この場合、「自らの子供」を得るために「他人の配偶子」を使わなければならない、というジレンマもあると思います。


体外受精及び胚移植について


人工授精は精液を母体に注入し、自然な受精及び着床を目指すものでしたが、体外受精の場合は母体から卵子を取り出し、直接受精させ、受精卵を母体に着床させます。精巣中に精子が存在しても精液中に精子が存在しない場合・卵管の傷害によって卵子の通過が行えない場合など(Wikipediaより)の場合にこの手法がとられます。
この時、母体への着床およびその後の出産をより確実なものにするため、複数個の受精卵が作られ、2個程度を母体に戻します。
複数の受精卵から、「より元気な」受精卵が選別されることが「いのちの選別」にあたるかどうか、また、複数の受精卵が同時に着床した場合、2卵性双生児を身ごもった時のような状態になるので母体への負担が大きくなる可能性が考えられます。


代理母出産について

母体が自然な着床が極めて困難であるときなど、子を望むカップルの女性に出産が不可能であると判断されたときに選択されることがある手段です。
母となることを希望する女性の卵子を取り出し、そのカップルの男性の精子体外受精させ、その受精卵を別の女性に注入することで、そのカップルの子供を設けることを可能にする技術です。
また、、女性が癌で子宮摘出をした場合など、妊娠だけでなく卵子の生成が不可能な場合には提供された卵子を使うことで、子供を望めなかったカップルにも子供を設けることができるようになります。

日本では、生まれた子供の権利などの法整備が不十分であることなどから日本産婦人科学会が自主規制を行なっていますが、代理母出産自体を規制する法律は成立していません。このことから、国内でも代理母出産を行う病院が存在し、国内での処置例も報告されています。
しかし先述の通り、日本では戸籍や相続に関しての法律が代理出産を想定しておらず、生まれた子供を法的にも依頼主の子供とするためには養子という形を取らなければならないなど、制度上の不都合が数多く残っています。
また、この代理母出産というシステムは、子供を出産したあとは必ず依頼者に渡す、という契約のもと行われるのが通例ですが、それでもトラブルが後を絶たないようです。
そもそも、子供を「契約」に基いて扱う、つまり商品のように扱うことの是非も問われたり、万一代理母が妊娠中に流産してしまったり、代理母の生活態度(飲酒や喫煙、過度なストレスなど)が原因で胎児に悪影響が起きた時、代理母自身が亡くなってしまった時の場合など、あらゆるトラブルの可能性が想定されます。
トラブルを避けるため、あらかじめあらゆる可能性を考慮した契約を結ぶことで一定の予防及び解決が見られるでしょうが、以前その契約の倫理的問題は解決しません。

また、日本を含む先進国の多くでは代理母出産を禁じており、インド等比較的物価の安く、かつ法規制もされていない国に行き代理出産を頼むケースも少なくないようです。
しかしこの方法は、発展途上国の貧しい村などが「代理母村」として女性が金儲けの道具として利用される危険性もあるほか、代理母出産で生まれた子供を養子として扱うしかない日本では、依頼から引渡しまでの間に離婚や死別などの理由で夫婦ではなくなってしまった場合、独身では養子を迎えることはできないため生まれた子供の戸籍や親権が大変なことになってしまうこともあります。


このように、子供を望むのに設けられない夫婦やカップルが、自分たちの遺伝子を受け継ぐ「最後の希望」としての手段が、さまざまな問題を孕んでいることがわかりました。
病気で子宮を失くしたり、無精子症であったり、同性のカップルが子供を望むことが高望みである、なんて一体誰が批判できるでしょうか。
彼ら、彼女たちの希望を叶えるための技術を、どうにか問題もトラブルも起きないような形の解決策を見つけるために、どこが問題なのかを深く考えてみたいと思いました。



投稿が遅くなり申し訳ありませんでした…