マウスの解剖実験 感想 (3A24 もも)

遅くなってすみません。
思い出すことを書きたいと思います。


生命論という授業を選択するときに、「マウスの解剖がある」とは聞いていたので、それだけは嫌だなぁと思っていました。学ぶためとはいえ、ひとつのいのちを奪うことには多かれ少なかれ抵抗があったし、なにより恐怖心がありました。しかしそうこうしているうちにマウスの飼育をはじめる日がやってきました。マウスは思っていたくらいの大きさでしたが、ハムスターよりしっぽがふとくて長くて、(私はハムスターも苦手)眼が赤くて、正直な話とても触れるとは思いませんでした。しかし世話をしなくてはならないのですから、当然触らなくていいわけがありません。最初はおそるおそる、(しっぽをつかんでひきあげるというのがまた嫌)しかし日数がたつにつれ大胆に、一週間もたつともう普通に触れるようになってしまいました。慣れるものですね。糞でよごれたマウスのかごを掃除するのも苦ではありませんでした。ただ、気持ち悪いとか負の感情こそないにしろ、マウスに愛情はわきませんでした。かわいいといって大切に育てている友達も多かったので、私が変なのかな?とも思ったけど、やっぱりかわいいとは思いませんでした。私は動物は基本的に好きですが…犬も飼ってるし。そんなことを考えながらもマウスとは毎日顔を合わせていました。しかし解剖の日が近づいてくると、マウスを見ながら“この子ら死んじゃうんやな…うちらが解剖するせいで”とかちょっと哀しくなったりもしました。そして当日。正直私は本当に緊張してました。麻酔のはいったビンにいれるときのマウスは忘れられません。まだマウスは死んでいないのですが、もう“一度殺した”ような気分になりました。そして、そのマウスにはさみをいれます。私は、生きたままのマウスにはさみをいれるとは思っていませんでした。殺してしまってから、解剖するものだと思っていたのです。マウスを目の前にしてはさみをもち、マウスを見つめること数分間。出来ませんでした。河合先生にお願いして、最初の1とうめだけはさみをいれてもらいました。1回目のはさみは、本当に、私が今から殺すんだな、と思って…勇気がありませんでした。頭のほうをひらくときに骨を切るのがかたくて。あっ今私骨を切ったと実感しました。そして内臓を順にとりだします。できるだけ、きれいに。そこからはもう私が切っているものはいのちではなかった気がします。私の好きな美術や工作でした。いかにきれいに出すか。きれいにならべるか。きれいにほどくか。最初の怖い気持ちなんてもうどこにもありませんでした。血の匂いにもすぐに慣れて…あとになって考えるとぞっとします。やはり慣れというのは怖いです。最後にはマウスたちは内臓をもとに戻し、学校の敷地にうめました。本当に貴重な経験でした。けれど私には医者はむいていないという気持ちも強くなりました。
なんにせよ、この体験は決して忘れません。