3C 07 ヒロロン

マウスの解剖でした。
まずクロロホルムを充満させたビンにマウスを入れ、安楽死させます。
そして少しお腹を切って、腹膜を切りました。
まず消化器官系を見て、呼吸器官を見て、脳を見て、子宮とその中の胎児を見ました。

僕はマウスをビンに入れることはできませんでした。

ビンの中に入ったマウスは、今日まで世話してきたことを思うと、本当に一瞬のことでした。そして本当に死んだのかと思うくらいきれいな形で、しかし確かにそのまま硬まってしまいました。
ビンの中のマウスに対して、本当にごめんなさいとしか言いようがありませんでした。
何でこんなことをしてるのかわけが分かりませんでした。

そして解剖に取り掛かるとき、「こうしてその命をつかって解剖させていただけるのだから、きっちり解剖してやらなければ」と、半ば強引に憂鬱な気持ちを押し殺しました。
でも解剖を進めていくうちに少しずつその憂鬱な感情が変わってきました。
はじめは開いていくことにとても抵抗していて、かなり躊躇っていましたが、様々な臓器を実際に目にし、すごいと思いました。消化器官系や様々な臓器が本当にきれいに収まっていましたし、また特に胎児のそれぞれの胎盤に血管が伸びていることや、胎児がカプセルのようなものに包まれていて守られていたこと、胎児の見た目は人間の胎児ととてもよく似ているということ、などこの目で実際に見られたことには本当に感動しました。
そして解剖のときにはできるだけマウスの体を損傷しないように、手が震えてましたが、僕なりにとても注意して、一つ一つ観察し、また元あった場所にきっちり戻しました。

そしてマウスを埋めました。
不思議なことに、解剖しているときは消えていた悲しみの感情が、その時になってまた再び形になって溢れてきました。「僕は何をしていたんだろう」と。

マウスが「生きたい」と思っている、というとそれは人間の主観かもしれません。でも少なくとも「死にたい」と思うことはないと思います。死と生をここまでうまく操れるのは人間だけです。
そういう意味ではこんなに小さいのに純粋に自分達の生命を繋げていこうとしているマウス達は本当にすばらしいなと思いました。
そして確かにその生命の途中で、今日、僕達が「解剖」という形で強制的に中断させたのは、確かに人間が魚や他の動物の肉を殺して食べているように、肉食動物が他の動物を殺して食べているように、弱肉強食だとか、自然の摂理だとかいえるかもしれません。
でも人間には感情があるのだから、身近にあったマウス達の生命を、ごめんなさいで償えるものじゃないし、ありがとうの一言じゃ割にあわない、少なくともそんな簡単にまとめられるものじゃなくて、今日のことを真摯に受け止めて、心に残していかなければならない、きっと一生を通してこの複雑な気持ちを忘れちゃいけないと考えないといけないと思いました。

でも正直、
今日までホンマに長かった。「こんなんしてたら絶対解剖できへんな」といつもどこかで思いつつも、やっぱりかわいかった、だって手に乗ってくるし小さいし、愛着というかペット的というか、そんな感情をどうしても抑えきれずに今日まで世話をしてきました。だから明日からは、今までのように世話をする必要がなくなったと言われると、自分で切り開いといて何を今更と言われるかもしれないけど、つらい。ありがとうとか、ごめんなさいとか、思う前にホンマにつらい。

だからこれから砕いてきっちり消化します。
先生方、今日は本当にありがとうございました。