ハンセン病問題から見える社会としての人間 F.M


 伊波敏男著「ハンセン病を生きて」の中に、アイスタ―ホテル宿泊拒否事件に対して、社会が送り付けた差別文書が載っていた。よくこんな言葉を浴びせかけられるものだと、ここまでの醜態を晒せるものだと、情けなく悲しく思った。匿名であるのを良いことに、面と向かってなら絶対口に出せないようなことをつらつらと書く。しかし、これを見てただ「ひどい」としか思わないのであればこの歴史からは何も得られていない。目を背けたくなるような事実にしっかりと目を据えて、二度とこのようなことが起きないようにする義務が、私たちにはある。

  1. 無知が差別を生む
   ハンセン病は確かに、感染病である。しかしながら、ハンセン病の菌は誰もが持っていて、免疫力が相当落ちていないと、現在ではほぼ罹り得ない。それでもハンセン病患者が差別されるのは何故か。理由は、大衆が無知だからだ。また、完璧な無知なのではなく、間違った知識や表面的な知識が差別を生む。正しい知識を得ることがいかに大切かが分かる。
   そもそも差別文書を送り付けるような人は、病気に罹ってしまった人の人生がどうであろうと、そんなものは眼中にないようである。恐らく自分の個人的な日常の鬱憤を、ハンセン病患者を標的にして晴らしたいだけのようだ。彼らはひとしきり、前世の行いが悪かっただの、遺伝だの、強い感染症だのとわめき終われば、ハンセン病に苦しむ人々のことなどきれいさっぱり忘れてしまう。そうして社会が忘れ、風化して、ハンセン病は無かったことにされる。そうなってはいけない。だからこそ、今私たちは歴史を学ばなければいけない。

  1. 病の特徴が差別を生む
   今となってはすぐに改善する病いだが、当時は本当に恐ろしい病いであった。ひどい後遺症が残ってしまう。手足や顔のパーツを失ってしまうと、今まで通りに生活することが難しい。しかしここで忘れてはいけないのは、誰も望んで罹ったわけではない、ということ。当時ハンセン病を「業病」などと呼んでいる人もいたそうだが、本人にとってはただの不幸である。『お前、病気は、病気は……、お前のせいかよ……。』『病気は、お前の人間性となんの関係があるんだ。』「ハンセン病を生きて」の中で伊波さんが語った、山口という学友の言葉だ。なりたくてなっているわけではない。それは他の病気にも当てはまる。風邪だってインフルエンザだって結核だって同じだ。しかし偶然罹ってしまったのがハンセン病だったということだけで、社会から隔離された一生を送ることになる。

  1. 社会が差別を生む
   ハンセン病に関して何が最も問題だったのかと言えば、国の対応である。確かにまだ原因の定かでないときには、隔離政策も仕方がないものだったのかもしれない。しかし1960年にWHOがハンセン病に対する差別撤廃を加盟国に指示したにも関わらずそれから1996年になるまで、らい予防法という明らかに差別を生み、それだけでなく人間の基本的人権を侵すような法律を、廃止しなかった罪は重い。
   どうして廃止しなかったのか。それは政治家の都合のためだった。人々のハンセン病患者に対する偏見で、批判されるかもしれなかったからだ。また、隔離されていた人々はもうかなりの高齢であるから、この問題が自然消滅的になくなることを、口には出さずとも望んでいたのかもしれない。
   「感染の恐れがないのなら、堂々と胸を張って帰ればよいのに。」そう簡単に思えるのは、自身がハンセン病患者ではなく、差別を受けたことがないからだ。人間は、多数派であれば自分は正しいと思い込み、強くなったような気になる。そして平気で差別をする。これが大衆の恐ろしさだ。

 病は苦しい。だけれど、それは患者のせいではない。でも人は、容姿が人と違うかったり、誤った情報からくる偏見から差別して、人を傷つけてしまう。病も、人の個性なんだと、いつか全世界の人が思える日が来たらいい。そのために私たちは、今まで生きてきた人が犯した過ちを学ぶ。二度と繰り返さないように、これ以上苦しむ人がでないように。
 父親が世界中のハンセン病患者のために駆けまわり、自身も父の意思を継ぐ笹川陽平さんはこう語る。
 ——表に出てこないだけで、誰もがハンセン病の菌は持っている。にもかかわらず病者を差別する。なぜ人間はそうなってしまうのかと考えると、やはり人間は、性善説で解釈できる存在ではないのでしょう。戦争をしてしまう暴力衝動、あるいは嫉妬などと同じように、差別をする心が人間の中にはある。それを解決していくのは、生きとし生けるものの中で人間だけが持つ理性による力なんです。理性が働かなければ、差別の心は永遠に治癒されないでしょう。ハンセン病は、「人間とは何か」という非常に深い問題を問い詰めている病気なんです。——

 ハンセン病問題を、風化させてはいけない。


■参考文献
 「ハンセン病を生きて」伊波敏男著 岩波ジュニア新書
 「ハンセン病【日本と世界】」ハンセン病フォーラム編 工作舎
 「いつの日にか帰らん」加賀田一著 文芸社